fuchi's diary

都内在住のゲイの感じたこと、考えたこと

あれは初恋だったのか<中>

30分くらいの間、T君を抱きしめ続けていると、ようやく涙がとまってきた。でも、僕はT君の温もりから離れるのが惜しくて、T君に密着したままもぞもぞし続けた。しばらくするとT君も僕の涙が止まったことに気づいたようで、僕の背中を撫でていたT君の手が動かなくなった。それを合図に僕がT君を見上げると、「落ち着いた?」とT君が一言ささやいた。

僕はそれに、「うん…」と相づちをうった。だけど、彼から離れるのは名残惜しくて、もう10分くらい、彼にくっついていた。ようやく、少しは落ち着けたと思えたタイミングで彼から離れて、彼の隣に座り直した、と思う。正直にいえば、この辺りの記憶はものすごく曖昧だ。彼に抱きつく瞬間まではその時の行動も感情も何を考えていたかもありありと覚えているのだけど、彼に抱きついた後は、僕の頭が何を考えていたのか、ほとんど記憶になくて、覚えているのはどんな行動をしたか、というおぼろげな記憶だけだ。

 

彼から離れた後、多少は落ち着いたけど僕はまだ不安定で、たしか、日曜の午後にやっていたテレビを適当につけて、それに飽きると、その場にあった古いSF映画を1本、彼と見た。その間、僕は彼にお願いして、ずっと手を握ってもらっていた。横に並んでテレビを見ながらだから、向かい合っての握手じゃなかった。彼は何も言わずに、僕の手を握ってくれていた。いや、この言い方は正確じゃないか。僕は彼の手を握りしめ続けて、彼はそれをそのまま受け入れてくれた。

結局、昼間から日が暮れるまでほとんどの時間、僕はずっとT君の手を握っていたように思う。その頃になると僕も少しは頭が働くようになってきた。T君のつぶやくような声が耳に残っている。「もう大丈夫?」

僕はまた、「うん」と答えた。今度の返事は、抱きしめていたT君から離れたときよりも、しっかりとした返事ができたと思う。その後、二人で夕食を食べに行って、駅までT君を見送って、1日が終わった。

 

この日の後の数日間、僕はものすごく弱気なLINEを彼に送って、それに対して、彼はとても大人な対応をしてくれた。1週間くらい経って、僕はようやく冷静さを取り戻して、大変見苦しい所を見せてしまったと彼にメッセージを送ると、彼は「どういたしまして」とやはり大人な対応をしてくれた。それ以降は、僕とT君は、またこれまでどおりの友人関係に戻ったように思う。

 

この話は、出来事としてはここで一段落。

あの日、T君が僕に会ってくれたおかげで、僕は一人で居るより、ずっと早く立ち直ることができたと思う。また、僕の身体と感情は男の人の温もりを求めていたんだと知ることができた。僕の頭がそれを受け入れるのには、もう数年待たなければいけなかったけど、僕が去年の夏に、自分がゲイであると受け入れることができたのは、T君と過ごした1日があったからこそだと思う。

 

T君の方からこの出来事を見ると、さぞかしビックリしたことは間違いないだろう。ビックリするだけじゃなくて、彼が抱いた感情はほかにもあるだろうけど、彼があの時の僕をどんな風に見ていたのかは分からない。

彼が何を考えたかは分からないけど、言葉ではゲイでもホモでもないと言いながら、男性であるT君に抱きついて安心している僕の行動を見れば、僕が男の人を愛する同性愛者だということに、そして、僕自身がそれを受け入れることができていないのだと、T君は気付いていたんじゃないかと思う。

僕とT君には共通の知り合いがそこそこ居て、この出来事があってからもう数年は経つけれど、誰からも、この日のことを言われていない。彼が一人で胸にしまってくれているんだと思う。人は誰もが他人に話せない秘密を抱えていて、それを話してくれた人が居たら、その秘密を誰にも話さないことが信頼関係なのだと思う。T君はそれができる人で、そういう彼だと分かって、僕も、あの日の行動をとったのかもしれない。

 

続く

fuchi00.hateblo.jp

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