fuchi's diary

都内在住のゲイの感じたこと、考えたこと

自認後のぶり返し

前回の記事を書いてからあっという間に年を越してしまいました。11月から12月にかけては仕事が忙しくて、深夜まで帰れない日もちょくちょくあり、それだけの仕事をこなせる体力が戻ってきたことに安堵しつつ、また仕事だけの人生に戻ってしまわないように気をつけなきゃと改めて思う、そういう日々でした。

年末年始は実家に帰って家族と過ごしたり、地元の友人と忘年会をしたりして過ごしましたが、令和元年の年末はこのブログで文章を書き始めてから一番強く、ゲイであると自認したことへの反動がありました。正確にいうと、自分が男の人を好きになることはもうゆるがないだろうという実感があるので、そのことを拒否するという気持ちはなかったのですが、男の人を好きになるということは前提とした上で、「ゲイとして生きること」を選択して本当に良かったのかという思いが湧きました。

そう思うようになった原因は色々あるのですが、年末が近づくにつれて、職場の同僚や地元の友人の家庭で子どもが生まれる予定というおめでたいニュースが続いて、自分のごく身近に居る同じ30代前半の男性が、次々と人生の新しいステージに進んでいくのを目の当たりにしました。その一方で、自分は相変わらず一人でいるなとか、年を重ねるほどどんどん孤独な人生になってしまうのではないか、という感覚に囚われたことが大きいように思います。

そういうことを一度考え始めてしまうと、年末はブログ開始前のスタート地点に戻ったような感じで、ゲイだけれども女性と結婚する可能性とか、あるいは家庭をもつことに代わる何か人生をかける大仕事を見つけられないかとか、そんなことばかり考えていました。過去の経験から、女性とお付き合い・結婚することはできないし、しない方が良いと結論を出したはずなのに、ただただゲイであることから逃げるように、答えの出ない思考をグルグルと続けていました。

そんな心境の中、実家で母親・兄夫婦と新年を迎えました。一般的なゲイあるあるの話としては、帰省すると家族から結婚はまだしないのかなどと言われてマイナスな感情が生じることが多いと聞いていますが、ありがたいことに僕の場合はその逆でした。

親から結婚を急かされる子どもという、まさにその話題が、三が日のとある日の夕食で(僕のことではなく他の家庭の話として)出てきたのですが、兄夫婦は「結婚してもしなくても、子どもを産んでも産まなくても良い」とか、「(自分の子どもは)男の人を好きになっても女の人を好きになっても良い、生きているだけで良い。自分でお金を稼いで生きていく方法を身につけてほしい」というような会話をしていました。その場には、僕もいたし、僕の母親もいたし、兄の子どももいました。自分の子ども(それも大人の話していることもある程度分かる年齢の子ども)が目の前にいるところで、このような言葉を言ってくれたのはとても嬉しかったです。

その言葉をきいてから、やっぱりゲイとして生きていく方が良いのかなという思いがまた強くなってきて、今では、年末に感じていた「ゲイとして生きること」を選んだことへの後ろめたさは鳴りを潜めました。

長くなったので、一度このあたりで区切り、また続きを書こうと思います。